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京都地方裁判所 昭和46年(モ)525号 決定

申立人

株式会社リニヤ

代理人

山下潔

浜田次雄

主文

申立人に対し、京都地方裁判所昭和四六年(ワ)第三四四号損害賠償請求事件の訴訟費用中訴状に貼用する印紙に限り訴訟上の救助を付与する。

理由

一申立人代理人は、主文同旨の決定を求めたが、その申立理由は次のとおりである。

(一)  申立人は、サンエス電機株式会社を相手どつて、主文掲記の訴訟(以下本訴という)を提起した。本訴の前提となる京都地方裁判所昭和四三年(ワ)第一、四二六号売買代金返還請求事件は、同裁判所で申立人勝訴の判決の言渡があり、サンエス電機株式会社の控訴により、目下大阪高等裁判所に係属中である。従つて、申立人は、本訴についても、勝訴の見込みが十分ある。

(二)  しかし、申立人は、本訴の訴訟費用を支弁する能力が全くない状況である。

(三)  そこで、申立人は、本訴に貼用する印紙について訴訟上の救助の付与を求める。

二当裁判所の判断

(一)  民訴法一一八条は、「訴訟費用ヲ支払フ資力ナキ者ニ対シテハ裁判所ハ申立ニ因リ訴訟上ノ救助ヲ与フルコトヲ得」と規定し、被救助者が自然人であると法人であるとの区別をしていない。従つて、法人も、同条の規定によつて訴訟上の救助が得られるとしなければならない。

(二)  それでは、法人が訴訟費用を支払う資力がない場合とは、どんな場合を指称するのかが、次に問題となる。

自然人の場合には、「自己とその家族の必要な生活を危くしないでは、訴訟費用を支払うことのできないときをいう」と解されているが、自然人のこの解釈を、そのまま法人に適用することは無理である。

ところで、ドイツ民訴法一一四条四項は、「内国の法人は、第一項に掲げた条件がある場合で、訴訟を追行するに必要な資金が、その法人からも、又訴訟を追行するについて経済的利益関係のあるものからも得られず、そして、権利の伸長又は権利の防禦の不行使が、一般の利益に反するときは、自己に対して受救権を付与されることができる。」と規定して、法人に対する訴訟救助付与の要件を規定しており、わが国の法人に対する訴訟救助についても、この規定を解釈上参考にすることに異論はない。

そうして、このドイツ民訴法一一四条四項は、解釈上、自然人のような意味での貧困であることを必要とせず、法人の財産管理人が、訴訟追行に必要な金を、経済的利益関係のあるものから入手しようと十分努力したことで足り、権利の伸長又は権利の防禦の不行使とは、私企業の場合は、その不行使によつて、その存在が脅かされ、それにより一般の利益が危くされるときであるとされている。

そこで、このドイツ民訴法一一四条四項の条文と解釈を参考に、わが国の法人に対する民訴法一一八条による訴訟救助付与の要件を考えると、それは、(1)法人には、訴訟を追行するに必要な資金がなく、その訴訟の追行について経済的利害のある者から、その資金を借用しようと十分努力したこと(その努力の結果は問題でない)、(2)その訴訟を追行しないと、法人の存在が脅かされ、そのことによつて一般公共の利益が害されること、(3)勝訴の見込がないでもないこと、の以上三要件であると解するのが相当である。

(二)  この視点に立つて、本件申立について判断する。

(1)  本件記録によると、申立人は、本訴について、勝訴の見込がないでもないことが認められる。

(2)  本件記録によると、更に次のことが認められる。

(イ) 申立人は、昭和三九年一二月二五日、資本金一五〇万円で設立された株式会社である。

申立人は、電子機械工業のうち、差動トランス、差動測定器を製造販売しているが、この差動トランスは、申立人に特許権が与えられ、従つて、申立人は日本の電子工業界の中で、差動トランスの唯一のメーカーである。この差動トランスの用途は広く、自重計、工作自動機械、ロケット・エレベーター・船舶・汽車・電車・電気自動車などの自動制御装置に用いられ、その性能が優れ、三菱重工業、三菱電機、三菱造船、松下電工、島津製作所、住友電工、トヨタ自工、久保田鉄工、日産自動車、東レ、東急車輛、立石電機、東芝など日本の大手企業と取引きし、イギリス、ドイツに輸出をしていた。

申立人は、昭和四三年度に純益八〇〇万円を挙げ、約五〇名の社員と、約八〇〇名の下請産業従業員を擁していた。

(ロ) ところが、申立人は、昭和四二年一二月二三日、サンエス電機株式会社から、自重計のアンプ五、〇〇〇台を購入し、これに差動トランスをとりつけて自重計を完成して売却しようとし、同会社にその注文をしたうえ、その売買代金として金二、八〇〇万円を支払つた。しかし、同会社からアンプの納入がなかつたため、申立人は、その事業に蹉跌をきたした。

このため、申立人は、多数の在庫をかかえて昭和四三年一〇月四日不渡手形を出し、内整理をし、従業員を約四〇名解雇し、現在は、六名で営業を細々続けている。しかし、不渡手形を出したため、銀行との取引は今も停止されたままである。なお、内整理の結果、債権者は全部その債権を棚上げにした。

申立人は、社会保険料、電話料、失業保険料の支払いができないので、その督促を受けている状態である。

(ハ) 申立人は、サンエス電機株式会社を相手どつて売買代金返還請求訴訟を提起した(京都地方裁判所昭和四三年(ワ)第一、四二六号事件)が、このときの訴訟に必要な費用は、高利貸から金六〇万円を借りてまかなつた。この事件は、申立人が勝訴し目下控訴審に係属している。

本訴は、同会社のこの売買による債務不履行を理由に、金五、七〇〇万円の損害賠償の支払いを求める訴訟であるが、申立人は、この訴訟費用を借用するため、大口の債権者と交渉したが、すでにこれまで債権を棚上げするなどして経済的援助をしてきたことを理由に断わられたばかりか、これら大口債権者は、申立人の経営行詰りの煽りを食つて倒産してしまつた。

前記高利貸には、金六〇万円とは別に昭和四三年一〇月四日、金二〇〇万円を借用して公正証書を作成したが、その弁済ができないため、申立人の不動産ばかりか、連帯保証人である申立人の代表者の個人財産まで差し押えられてしまい、不動産を担保に金策することは、不可能の状態にある。

(3)  以上の事実からすると、申立人は、本訴を追行するに必要な資金がなく、その訴訟の追行について経済的利害のある者からその資金を借用しようと十分努力したとしなければならない。

(4)  申立人が特許によつて製造する差動トランスは、電子工業界ではその需要が多く、その性能も優れているのであるから、この差動トランスによつて一般の受ける利益は極めて大きい。

そうして、申立人は、本訴を追行することにより、勝訴してサンエス電機株式会社から金員の支払いを得、これを資金に立直ることができる以上、本訴を追行しないことは、申立人の存在を脅かし、ひいては、一般公共の利益を害するとしなければならない。

(四)  むすび

以上の次第で、申立人の本件申立は、訴訟上の救助を付与する要件を満しているから理由がある。そこで、申立人に対し、申立人が求めている範囲である本訴の訴状貼用印紙に限つて訴訟上の救助を付与することとして主文のとおり決定する。(古崎慶長)

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